2017年7月3日月曜日

小河内ダム、奥多摩むかし道7月1日(土)

多摩武蔵野スリバチ学会のフィールドワークに参加した。
 まず、お昼ご飯の話題。小河内ダムにバスで着いて、レストランで食べることになった。限定20食の大人気ダムカレーはぼくの前で終了した。かっこいい盛り付けだ。
同じテーブルに座った、ぼくたち4人は清流定食にした。おいしかった。

ここから、道中記。行きしなの乗換駅、JR青梅駅。
集合駅のJR奥多摩駅。ここからバスで小河内ダムへ。
駅前。
 さいわいにも雨は降っても小雨ていどですんだ。
 ダムの上を展望塔から向こう岸の丘の上の展望台まで歩いた。展望塔は景色がよかったがほとんどが網入ガラスで写真を撮るには適していなかった。


 堰堤と展望塔。

 向う岸の丘は背後の山の登山口になっていた。ここから5分ぐらいで展望台。
丘の上の展望台から。
 元の岸にもどる。

展望台をふりかえる。予定ではここから山の中腹にある民家の付近に上りそこから、むかし道を歩くはずだったが、雨で足元が悪くなっていて危険なので、バスで桃ヶ沢バス停までもどって、その付近からむかし道を歩くことになった。
 小河内ダムバス停付近の道祖神。湖底の村から移設されたもの。
同じく庚申塔。ほかにもいくつかの石造物が移設されていた。なんとなく、ものがなしい。
 桃ヶ沢バス停。右の道を下ってむかし道に合流する。


 この先で合流。

多摩川からもやが立ちのぼっていた。
吊り橋。むかし道はここを通っていないが折角なので渡った(往復)。一度に5人の 人数制限があるので順番に渡る。
 ぼくも行ってみた。
景色はいいが、いい気分とは言えない。
 むかし道は旧青梅街道(青梅から甲府まで延長された部分)なので、馬頭観音ほかの石造物が多い。これは牛頭観音とのこと。
昔懐かしい「こえたんこ」。人糞の肥料を運んだり、撒いたりする時にかつぐ桶を小学生の頃こう呼んでいた。長いこと見たことなかった。いつまで使われていたのだろうか。
またまた吊り橋。ここもむかし道ではないが、順番に渡った。一度に3人の制限だった。

 ここはよく揺れる。めまいが持病のぼくは平衡感覚がおかしくなったので、半分ぐらいで引き返した。向こう岸まで往復は、とてもとてもだった。
景色はいい。
 数軒の集落。斧でまきわりをしていた。ぼくが小学生の頃は家でもしていたがたいへんだろうなー。

 目の前の畑(斜めの土地を耕している)の植物。
望遠で。植物通の人によるとゴボウらしい。

 1952年から1957年のダム完成まで使われた、現JR奥多摩駅↔小河内ダムの東京水道局小河内線の線路跡がむかし道のあちこちから見える。セメントをはじめとするダム建設用資材を運搬していた。蒸気機関車のC11が使われていたらしい。ダム完成後、西武鉄道、その後、奥多摩工業と譲渡されたが、現在に至るまで使われたことはなく、遺構ののみが残っている。
いろんな看板が設置されている。ふざけすぎたかなーーーー。
 道祖神。
 白髭神社にお詣り。
 道路から階段を上がって行く。上がって来た方向を振り返る。
さっきの説明板に書いてあった岩。

各地の白髭神社の主祭神はサルタヒコノミコトと思われるが、ここは塩土翁神となっていた。日本書紀(や古事記)のいろいろな個所で活躍する神様だ。ぼくが一番印象に残っているのは、日本書紀で、シオツツノオジとして出て来て、カムヤマトイハレビコノミコトに、「ヒムガシノカタ ニ ヨキクニアリ(東に美き地有り)。」という場面だ、この結果、イハレビコノミコトは東征して、神武天皇として即位することになる。
なぜここでは、この神様が主祭神なのだろうか。
ずっとこういういい雰囲気の中を歩く。
この石碑はどうってことないのだが、昭和19年はぼくの生まれた年なので撮った。
 湧水と山葵田。水が冷たかった。
段々状に続く。
 サボテン好きなので、注目。岩の割れ目に植えてあった。
 もう一株あった。
離れて見るとこういう感じ。垂直の岩に植えてある。
 ミズキ。
こういう感じの樹形であちこちにあった。
 コンニャク。
小さい段々畑だ。自家消費用だろうか。
こういう感じの家か別荘かが結構あった。傾斜地につっかい棒的な支柱で人工地盤を作って、建屋を載せる方式だ。これはしっかりしている方でいいかげんそうなのも多かった。安心して住めるのだろうか。
 線路跡が続いて出て来た。
 手前でトンネルに入る。
 トンネルの上から、こういう風に撮った。
 離れたとこらから見た線路跡の人口基盤と奥にあるトンネル。さっき上から見た部分。
 下が透けて見える。
下の写真のトンネルの手前で普通の道に下りる。
 トンネル。行き止まりだったが何人かが確かめに行った。ぼくは行かなかったが。
 オカトラノオ。あちこちに生えていてきれいだった。上下の写真。

 羽黒三田神社にお詣りしようとして長い階段を上ったが神社は山の上とわかって、半分ぐらい行ったここで、一般道へ出て、下った。ここは不思議な場所だった、双体道祖神(新しそう)と祠が四つあった。
この左側にもう一つあって、向こうにあるのもいれて四つ。
 奥多摩駅に近くなった。
 奥多摩駅近くの線路跡、今日の最後。
 駅近くの橋の下を流れる日原川。橋の南側で多摩川に合流する。
奥多摩駅にもどって、解散。ぼくは懇親会に参加しないで、ホリデイ快速で帰った。会長+2人の方の案内だった。面白い企画と親切な解説に感謝感謝だ。

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